日曜の夜、スマホを開いたら、また一件、結婚の報告が流れてきました。
大学の同期です。「いいね」を押して、そっと画面を閉じる。おめでとうと思う気持ちは本当なのに、胸の奥がざわつく。「自分だけ、取り残されていくのかもしれない」と。
その感覚を、僕はよく知っています。20代の僕が、まさにそうだったからです。
僕は口下手で、人見知りで、あがり症です。20代の恋愛は、うまくいきませんでした。恋人から「何を考えているかわからない」と言われ、自信をなくす。その繰り返しです。
結婚したのは、36歳のときでした。マッチングアプリで今の妻と出会い、いまは小学生と幼稚園の子どもが二人います。
先に、はっきり断っておきます。これは「36歳になれば結婚できる」という話ではありません。僕の場合はそうだった、という一つの記録にすぎません。それでも、あの頃の僕と同じ焦りの中にいる人に、伝えたいことがあります。
焦っていた頃の僕に起きていたこと
20代の後半、周りで結婚が続いた時期がありました。職場の同期、地元の友人。報告を聞くたびに、焦りが少しずつ積もっていきました。
焦っていたときの僕は、今思えば、相手を見ていませんでした。見ていたのは「結婚」という結果だけです。目の前の人と合うかどうかより、「この機会を逃したら次はない」という不安で動いていました。
だから、無理をしました。合わない話題に頑張って合わせ、面白くもないのに笑い、疲れて帰る。背伸びした会話は続きません。関係も続きませんでした。
焦りは、出会いを増やしてはくれません。むしろ、目の前の一人と向き合う余裕を奪っていきます。これが、焦っていた頃の僕に起きていたことです。
「早いか遅いか」より「合う人と出会えるか」
視点が変わったのは、30代に入ってからです。
きっかけは、大きな出来事ではありません。焦って動いても何も変わらなかった、という単純な疲れでした。そこでようやく、自分への問いが変わったんです。
「いつ結婚できるか」ではなく、**「どんな人となら、無理せず一緒にいられるか」**へ。
結婚は、式を挙げた日がゴールではありません。その先に、何十年ぶんの普段の日々が続きます。だとしたら、大事なのは早さではないはずです。背伸びしていない自分のまま、隣にいられる相手かどうか。そちらの方が、ずっと重いと僕は思います。
36歳で妻と出会ったとき、僕は無理をしませんでした。口下手なことも、話すより聞く方が好きなことも、隠しませんでした。その等身大の僕を受け入れてくれる人だったから、結婚は自然に決まったのだと思います。
焦って背伸びしていた頃の僕には、たどり着けなかった出会い方でした。
詳しい経緯は、こちらの記事に書いています。
なお、アプリを使うなら、18歳以上対象で届出済みのサービスを選ぶことが大前提です。
周りのペースは、あなたのペースではない
友人の結婚報告を見て焦る気持ちは、消そうとしなくていいと思います。僕も消せませんでした。祝いたい気持ちと、ざわつく気持ちは両立します。
ただ、一つだけ思い出してほしいことがあります。結婚の時期は、人と比べて競うためのタイムではない、ということです。
早く結婚した人が勝ちで、あとになった人が負け。そんなルールは、どこにもありません。それぞれが、合う人と出会えたタイミングで結婚しているだけです。
僕は36歳でした。それを「遅かった」と思ったことはありません。あの年に出会ったから、いまの妻と出会えました。別の時期に別の誰かと無理をして結婚していたら、いまの家族はいません。そう考えると、遅い早いという物差し自体が、あまり意味を持たなくなりました。
焦りが消えない夜にできること
とはいえ、「焦らなくていい」と言われて消えるなら苦労しませんよね。だから、考え方ではなく、行動の話を一つだけします。
焦りに任せて何かを「増やす」のではなく、無理を一つ「減らす」ことです。
気の進まない集まりに、義務感だけで出続けているなら、休んでいい。興味のない話題に、無理して詳しいふりをしているなら、やめていい。
無理を減らすと、等身大の自分で人と向き合う体力が戻ってきます。そして等身大でいるときの方が、合う人には見つけてもらいやすいと感じます。少なくとも僕は、無理をやめてからの方が、人との関係が楽になりました。
結婚した今も、僕は緊張しています
最後に、正直に書いておきます。
結婚しても、僕の口下手はなくなっていません。いまも人と話すたびに、噛まないかな、ちゃんと言えるかな、と緊張がよぎります。妻との会話でも、言葉に詰まる日があるくらいです。
それでも、家族との毎日は続いています。話すのが苦手なままの僕でも、聞くことはできるからです。聞くことから始める考え方は、「聞くだけ恋愛」の始め方にまとめています。
あなたがいま20代で、焦っているなら。その焦りを、いったん横に置いてみてください。遅れているのではありません。まだ、合う人と出会う途中なだけです。少なくとも僕は、そう考えるようになってから楽になりました。